火の用心                                top

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 電気釜やプロパンガスが無かった頃は たきぎ、おが屑、木炭、石炭や豆炭を使っていた。特に木切れなどは かまどのそばに山のようにして積まれていた。夜回りの 火の用心の時に使う拍子木が あればいいがなーと思って かまぼこ板とか 角材の切れっぱしとかを 拍子木にして 叩いてみていい音がすると おお 今日の晩はこれで出来る といいイメージがわいて嬉しくなって来る。子供たちは 今でもそうだと思うが 住所の大字単位で 子供会みたいなものでくくられている。当時はそれを○×分団と呼称した。そうだね おれらの分団は 6,70人ぐらいいたかな。分団は さらに班に分かれてて 班ごとに火の用心の夜回りがある。
 大火って言えるのを 2度見た、当時は消火設備や消防なんて無いに等しいから 燃えるに任せるしかなかったのだろう。駅の近くに火の見やぐらが建っていた、時代劇に見るようなのとそっくりで鐘もぶらさがっている。根元に小屋があり 扉は 鍵をかけてちゃいざという時に 間に合わないだろうから いつも壊れたように 半開きになってて リヤカーにエンジンポンプを乗っけただけの そまつなポンプ車が 赤くちらちら見えていた。普段から 手入れする人もあまり居ないのだろう、小屋の扉や板壁は 泥に汚れた様が すざまじかった。

 ここの施設職員の家族の特徴かもしれんが ちょっとした事務所や倉庫や実験棟のいろんな部屋に頻繁に入り込んでうろついても まだおとがめを受けることなく 大丈夫だった。小学高学年、中学生ぐらいになると 完全にやばい、住居不法侵入で警察沙汰になりそうな雰囲気だった。それまではルーズというか のんびりとした空気があって つまみだされたり 痛い目にあわない限り 好奇心の向かうところ どこへでも入り込んで行った。
 当直室、厨房それに畳敷きの休憩室 ここに小使いさんが 常駐している はず のどこかに 立派な拍子木を見つけ それを手にして 打ち鳴らしたことがある、実に良く響くいい音をしてた。 「ひの よーじん さっしゃりませー」という 正調?のふれ言葉も 時代劇映画で 確かに聞いたことがある。これだけのちょっとした 予備知識?をもって 今夜の火の用心夜回りに臨もうと思う。
 2軒長屋が背中あわせに向かい合ってワンブロック、田の字の白抜きの所に4軒ずつ集まって、しめて16軒 田の字の墨字線の跡がちょうど道路にあたる。大抵の家には 子供が居て 小学生は12,3人程度かな。余程のアクシデントでも無い限り おおかた出そろう。なぜなら きっちり晩飯にありつけて、さてテレビの無い時代 ラジオか漫画本か あとは寝るしかないから、子供同士の集まり事は 結構出席率はいい。
 田の字の辻道に自動車が通ることは まずない。まだ誰もマイカーなど持ってないし 第一置くとこもないし走る道も無い。電話も公衆電話もほとんど無いし その代わり自転車は どこにでもあった、元気のいいおやじさんの居るところには バイクが置いてあったけどな そう乗り回すほどの用事が あったとも思えない。
 前日からぼた雪にみまわれ とけ残ったパッチワークの下界の雪が 今日の薄日に少し暖められてさらに融け始める。道はお約束通り泥沼のようになり 今日一日のゴム長やわだちの跡をくっきりと残す。日が落ちたとたんに こんこんとひんやり やがて薄紺の夕空に 小さく白っぽい星が 瞬き始める。電気のともった窓ガラスも 炊事の蒸気ですっかり曇ってきた。
 西の空が 逆立ちした青色のガラス瓶の底のようにぽっと明るく 小にぎやかに月や星を呼び誘う。山の稜線の星が 一段と明るさを増すと 名のある星 オリオンの7つ星かな 星座音痴にも それとわかるように くっきり輝きだした。
  最初の一陣 冷たい風がさぁーっと路地に降りてきて てんでばらばらしてた10人ほどの子供たちをひとっところに縛るように ぴゅーっと吹き抜けて行った。一番前は一人 五班の班長優しい健ちゃん 防寒頭巾を脱ぎ頬はまっかっか、次の列は小さいのが二人 先頭の脇へ首を突っ込むようにして横はぴったりくっつき、さらにしんがりは三人 前列の小さいのをすっぽりつつみこむように横は互いにしっかりバインド、どれもこれもふさふさの頭巾を すっぽりかぶり 目のあたりだけ出して前の者にしがみつくようにして歩いているものだから 転ばないように超小股でちょこちょこ歩く。なので歩調は不ぞろい 隣のものとぎくしゃくぎくしゃく おかげで摩擦熱で 暖を補うことができた。 男の集団が出来たら 次は女の子と決まっている。多少カラフルなようではではあるが 薄暗がりのなか まあるく ほぼ一つの生き物みたいな かたまりで くっついてくる。
 意地悪いわけではないが 再び冷たい風がぴゅーっと舞い降りて 男の子たちのまわりをくるくる回り 女の子のたちのまわりを回るんだけど 冬の南極ペンギンのように 一つにはならないんだなー、凍てついた路地裏を 凸凹のかげとなって 二体の子牛のようにゆさゆさ移動してゆく。
 軍手で決めた班長は うまい具合に手に入れた本物の?拍子木で 恥ずかしそうにカチカチと始める。小さな音だけど 高く澄んだ木の音で 長屋部落の隅から隅まで届きそうで 少し安心する。班長は仕方なく 中ぐらいの声で「ひのよーじん」と おらんでみた、つづいてカチカチと上手な間を置いて拍子木の音。足元が悪いので 地面に気を取られがち 翔のやつ小石をお供にと思ってんのか回りをきょときょとしながら それでも木の音に踊らされて 不ぞろいながらみんなで声を出して「ひのよーじん」。あ〜 班長に言われてたんだ 何か文句を考えてきとかな いかんやったったい。「マッチ一本 火事の元」 カチカチ これは誰でも言える オーソドックスなスローガンだ。おれは ちょっとどきどきしてきた。石けりの翔が 悪路で石無しなもんで 「マッチィー いっぽん かじの もと。」カチカチと 標語のほうに集中してきた こりゃーまずい。さらにつづく 「さかなぁーやいても いえやくなぁ。」チョンチョン はぁ〜きたぁ〜 言われてもうたぁ〜。おれは とっさに めん玉の奥の脳みそを縛り上げて 「マッチ一本 火事の元」と叫んでみた カチカチ。繰り返しのありきたりだが ここは声の大きさと口調のハキハキ感で逃げ切るしかなかったなぁ。角の中田のばあさんが 声を聞きつけたのか 雨戸を閉めにかかっていた、ご苦労さん などという言葉は もちろん無いが ガラスから 黒い顔がのぞいていた。
 ふみちゃん来てた 一度も話しかけたことないけれど 歳の割には背が高いからすぐわかる。長屋部落から少し遠いが からたちの生垣に囲まれた ここの施設じゃ一番おしゃれな官舎に住んでる子だった。おやじも大がらで がっちりしてたし 施設で一番偉い人ということは 何となく聞いてたけど 子供の世界には 何の関係も無いことだし あの子小三ぐらいだったかな おれより2,3こ下だったっけ 赤と黒のチェックの模様の暖かそうなズボンに 黄色い筋肉マンのように ふくらんだ防寒服で 面長で目鼻立ちのすっきりした 甘い目に採点して いわゆるルックス1.5流ぐらいの可愛い子だったし チビのおれと目線の高さが合う とても気になる女の子だった。
 わが第5班は 分団のはずれに当たり 施設作業員の子弟が主たるメンバーで 最小班である。だけど巨大なビルや 半ば公園化した広大な人工の中庭があり そこではおれたち小さな夜回り組みの声だけが こだましていた。他に人気の無い暗い構内で それを聞きつけたのか 隣の4班の夜回り組みが 近づいてきた。連中も 「ひのよーじーん」と叫んでいる。どっちが声量が多いか競い合おということで 挑発にかかってきた。こちらは 少人数で非力だが 山彦みたいな 建物の反響がすごい。あちらは 人数が倍以上 でもこちらも 対抗意識むき出しで 声を合わせて のどがひりひりするぐらい 張り上げて「ひの よーじーん。」

 それから2,3日して学校が始まり 空気は冷たかったが好天に幕が降り 時折吹雪にもなった。昼間は シャーベット状の どろんこ道を踏みしゃいで歩けた道は 朝は靴やわだちのあとが コチンコチンに凍り付いていた。凸凹だから 人が滑ることは少ないけれど ひっかけつまずきやすくなってる。中空から襲ってくる 1,2ミリのつぶつぶ雪が 地表を滑るように走り抜ける。ことに 自転車のタイヤの跡は連続しているので まるでボブスレー競技のトンネルみたいになってて そこを スターウオーズの追っ手が乗るそら飛ぶスクーターのように 見事にわだちの壁に沿って 滑って行く、あとからあとからいくつもの雪雪雪の子 凸凹なんか へっちゃらだ ぱらぱらぱらぱら。
 いつか下校の時 おしゃべりしながらおんなの子たちが 前をのろのろ歩いている。頭一つ出たふみちゃんもいる。髪はいつも めいっぱい伸ばしてて 大抵 額や頬にさらさらと ながれるように枝髪が 細くかかっていて ふっくらとした赤い唇が いつも自然に小さく開いていた。チビのおれと目の位置高さが標高1400ミリぐらいで ほとんど変わらないのが情けないやらくやしいやらだけど、おれは見ようと意識した強い目 向こうは驚いたような丸い目で コキーン 一瞬おれと目が合った。
 キャッ ワ イー。
 もちろん声にしては言わない、一生言えない。
 赤いバラには 刺がある。からたちの木にも バラなど比較にならない 鉄条網に負けないくらいの 色は濃いいグリーンのものすごいとげがある。動物は近づかない ってか近づけない。そんなからたちの藪の向こうに あの子の 家があった。冬になると すっかり葉が落ちて 西洋風で明るいおしゃれな建物が 表からでも ちらちら見えるようになる。夏が来ると大きな アゲハチョウがいっぱい いっぱい 飛んでたなぁー。

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