少しは手伝う
                                                                         top
BOY006.JPG

   中学一年の入学式の時には、父親が付き添ってくれた。式が終わって帰りぎわ、鉄棒にひじを おいて頬ずえをつきながら、グラウンドの向こうに小さく見える 野球部の練習風景をながめていた。おれは、 からだが小さく体力がなかったが、人並みに野球やスポーツに対するあこがれはある。自分の頭の中に ある、野球部員としての活躍の夢とみじめな現実と、この大きな断絶を埋めるための毎日の小さな努力が、 青春なのかなあ。
 だんだん暖かくなってくると、プロ野球のナイター放送が始まる。蚊帳の中で 布団に寝そべって父親と放送をきいていた。九回裏満塁、ホームランが出れば同点、バッター4番長距離 打者、カウントツーストライクスリーボールとなると、手に汗握るどきどきした場面になる。ピッチャー 振りかぶって投げました、打った、打った、ホームランか、ホームラーン・・・となったかどうか忘れて しまったが、逆点してくれ、勝ってくれという俺たちファンの熱い期待が、その通り叶えられることが 結構多かったように思う。ペナントレースでリーグ優勝する時のチームというのは、そんなもんだろ。

 プロ野球の選手になれないけれどもなりたいな、自分もスターになりたいな、無理は承知だけど なれたらなあと子供たちは思っている。プロ野球の現役選手が、時々野球教室という形で縁のある 小学校や中学校にやって来て、技術指導のようなことをやる。いくつかの中学校の野球部員が受け皿に なって、華麗な技を教えてもらうこともあるらしい。おれもその時、部員だったがみっともなくて  よう出ていっきらんかった。校庭には、プロの選手を一目見ようと、人だかりしていたのをおれは、 こっそり遠くからながめていた。

 長屋の裏庭は、すっぽり板囲いがしてあって、年月を経て、 きらきらと銀灰色をしていた。裏の敷地の半分は、にわとり小屋でそれを又半分に仕切っていた。下は、 一応砂地だが糞まみれで、小屋の奥の乾いた砂の巣の上に、時々卵を産んだのを取りに、中に入るときは、 身ぶるいがする。もすごく臭いにおいをかわすのに、ぐっと息を止め続けなくてはいけない。  子供の頃の生活環境を一言でいえば、便所や台所や裏庭は、実に不衛生な状態だったと思う。
歳の離れた兄貴にお菓子を届ける時、紙や袋に包まないで、じかに手渡ししようとすると、ひどく顔を くもらせた。今から思うと、多少神経質なところのある兄貴にしてみれば、おれたちの手足や体が極めて 汚かったということに、いらだっていた。おれたち、小さな弟どもにとっては、ちょっぴり悲しいこと だった。

 元、でんぷん工場であった一角は、俺んちのまん前に住んでいた人が、将来マイホームを建てる ということで、その跡地の分譲された一部を買ったらしいが、転勤ですぐ居なくなってしまった。 しかもあの人たちは、今すぐ家を建てるということではなくて、資金ができるまで放置ということらしい。 俺んちの両親は、その土地を借りて、ささやかに家で食べるだけの野菜を作った。そら豆、ジャガイモ、 ねぎ、玉ねぎ、スイカ、カボチャ、ニンジン、トマト、とうがらし、しそ、イチゴ、うり、きゅうり などなど、四季折々のいろいろな野菜を育てた。土地が、荒れないようにということで、ただで 畑として 使わせてもらって、お互いに利益になるってことだな。
 どこから運んできたのか、草を 生やさないように、黒い角のとれたガラスだまのような石炭の燃え殻が、土の表面をおおっていた。 不思議なことに、こんなゴミ捨て場のような荒れた土地に、ジャガイモが豊作だった。水はけの良さとか、 雑草が生えにくいとか、初めて野菜畑になるところなので、化学肥料が 効きやすいとか、天候とか それ以外に、野菜にとって何か良いことが重なったのかな。長屋のうちから300メートルくらいしか 離れてないが、施設からリヤカーを借りてきて、わらで編んだ袋のかますと鍬を積み込んで、畑まで 引かせられた。
 俺は、親に言われたことはきっちりやってきたつもり、自分の力を目いっぱい 出し切って、自分のために何かを成しとげたいという気持ちは、かなり強かったと思う。とはいっても 労働は暗いトンネルだ、一刻でも早く向こう側へ出たくなる。リヤカーはとても便利、車輪は荷台の中 ほどに二つ、小回りはきくが前後のバランスは悪く、シーソーみたいに前と後ろでギッコンバッタンと 遊ぶことができる。ゴムタイヤは、自転車よりひとまわり太く、車体の全部には人が入って引っ張る 引き手と脚が付いている。リヤカーを走らせ勢いをつけたまま急に引き手を離すと、前部にある脚が 道路の土にめり込んで 時には後ろが持ち上がるくらい急停止する。これが面白くて何度も繰り返し、 もっとやれもっとくいこめと遊びまくる。

inserted by FC2 system