へコキブタ
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BOY010.JPG - 61,065BYTES

   タタラのひろ場で たまにまだ 三角ベースの野球をして遊んでいたころ、周りは草ぼうぼうで囲ま れた廃墟のコンクリート広場に 本物のヘリコプターが 舞降りてきた。夢でも時々見ることあるし 空を飛び たいという気持ちを いったい何百回持ったことだろう。今から考えてみると デモンストレーションっていう のかな、駅に近く 人の集まりそうな場所があるので 一度人々を驚かせ 見せびらかしに 降りてみようかな とでも言うのだろうか。どこのヘリコプターだったろう、例えば自衛隊とか 警察とか航空写真撮りのチャータ ー機とか ヘリコプターの仕事はいろいろあるのだろう。そうそう 兵隊じゃぁなかったな、国道舗装用の馬鹿 でかいコンクリート製の板作りが このあき地で盛んに行われていたから建設省関係のヘリだったのかもしれん。
 いったい何のためにやってきたのかはっきりしなかったが、やって来たことだけが 確かだった。という のも そこで一つだけ心温まる?光景を目にしたことがある。予告も宣伝も何もないのに 野次馬があっという 間に 大人や子供が 5,60人ほど集まってきた。集まった群衆の中から 両足の無い男の子が一人選ばれ  ヘリコプターに乗って飛んだ。でも、こいつ うまいことやりやがったなぁとは思わなかった。松葉杖を両脇に かかえ 太ももの真ん中 ひざから下が みごとに無かった。腰のあたりのコルセットから皮のバンドが ビラ ビラといくつもでてて 肌色の義足を固定してるらしい。サイボーグみたいに 心底カッコいいと思ったわけじ ゃない。あの時思ったのは、杖と義足を交互に振り子のように使いながら 皆の目の前をヘコキブタの方へ進ん でいく後姿が ゲゲゲの鬼太郎みたいで こんもりした髪でいくらか勇ましかったなぁ。この子 歳は俺らと変 わらん10歳前後 この辺は校区の境にあたり 通っている小学校は違っていても よく見かけることがあった。 特にこの数ヶ月 タタラの広場で 頻繁に目に付くのは 気のせいだろうか、建設省に コネがあるとは とても 思えんが。両足が義足じゃ 野球遊びに 仲間に入れてやることも出来んしなあ。君は 目の前の新しい小学校で よかったよ、俺ら田舎の悪がきは はるか霞の向こうの田んぼや町並みや神社の木立に すっかり隠れてしまった 遠い小学校へ 子供たちだけが踏み固めた ねずみの迷路のような山道と 大げさに言うならば 格闘しながら毎 日通っているんだ。

 青いお天気のタタラの広場に 一機のヘリコプターが降りてきたとき 一番驚いたのは、人里に住む  からすやすずめたちである。いつもの彼らの早朝からのフリートークは見逃せない、彼らは 蒔かず刈ら ず他人によいしょせず 独立独歩の生存を身上とする彼らの 忌憚のない言葉を決して聞き逃してはなら ないと思う。形の小さなすずめの出番は後にして カラスの独り言を聞いてみる。
 いつしか うら らの春の恋の季節も過ぎて 小動物の世界にも しばしの落ち着きをとりもどしつつあったが、ある者に とっては 新緑新芽の新鮮な季節に似ず 傷心の物悲しい初夏になってしまうことかもしれない。長いま っすぐな往還道の両側に3,40メートル間隔で電信柱が立っている。カラスにとっては喧嘩して仲がこ じれた時のちょうど良い縄張りの距離かもしれない。 一本の電信柱のてっぺんに 普段は一匹づつ羽を 休めて きょろきょろしている が、今日はすっかりいなくなって たった一羽 漢中漢か あるいは勘 の鈍い老いたるカラスかもしれないが。
 そら飛ぶ恐竜かと思ったよ、やつら神出鬼没、こんな糞田 舎まで、わけのわからん けたたましい大声を張り上げながら暴走 突っ込んできやがった、なべ鶴航路 のそばで蜂の巣をつついたようにわーんわーん殺りあっていた日もあった、鼻先から真っ赤な柿の種を  ビル壁や瓦屋根や無人の灯台や 人の逃げ込みそうな藪に 稲妻みたいにぶち込んでいった、ゼロ式はだ めだね、あれじゃーライターだよ、速度制限が付いてるなんてばかげてるしね、
 一円ばばあも ね んねこじじいもきてるな 人間ってだめなんだよ 珍しいものが来るとすぐ いっぱい集まってきやがっ てな。きょう日 一円では何も買えない、その一円を銀行に貯金しに毎日のように往還を 下って街へや ってくる、元女学校の女校長だったらしい、戦後の価値観がどうのこうので頭がいかれたらしい、老ボケ もあるだろうけど 上からしょん便かけてやりてえよ、その時おぼえた アホ-の鳴き声は 忘れられね ーな、くるくる回転は 良くないな、やっぱ羽ばたきに限る、回転は 昔から恐怖であり不吉な忌まわし いことと信じられていた、それが証拠に 小刀と竹はあっても 竹とんぼっておもちゃができたのは 最 近のことだしな。黒色の好きな女の子がいる、おれたちにとっちゃ救いだね、黒い色は 終わりの色、黒 いカラスは嫌われ者さ、モニタも 天井のライトも 消せば真っ黒 いちいち言葉の終わりも黒い丸、が、 カラスに言わせれば 黒い色は 又始まりでもある 夜明けがそれを見せてくれる。

 きょうのへコキブタは 大人たちのだんまりを 目口をあいた仏様の瞑想の表情にかえていた。人垣の 隙間を埋めるおれたち はな垂れジャリどもは わがことで忙しくって 本当のことは何も知りようの無い野次馬 だけど何十年経っても どっかで見たぞ へコキブター・・・。やがて おのれが翼を休める 林のようなテレビ アンテナ群も綺麗に無くなる デジタル時代がやってくるとは カラス様も気がつくまい。 両足の無い子は 決 して人を甘い気持ちにさせる者ではないが 生まれついての人間界のピエロである。涙なんて ぶっ飛ばしてやる ぞ。エンジンアイドルなるも ブヒュッ ブヒュッと3枚のおっそろしい長刀のような 回転翼の先っちょが鼻先 を切ってゆくのを聞きながら 俺の横を進んでゆく足無しっ子を 薄い横目でみてた。この子が 両足を失う瞬間 を 見てたわけじゃないが回転翼が 刃物だったらわけないな。家に帰って 母に聞いたら「ああ あの子やろ  かわいそうにね。」と言った。
 さてさて ヘリコプターの爆音は 遠く記 憶のかなたに消えてしまったけれど あの上昇発進の時の風といったらなかったな、正に台風並みだ。もう一度あ の時の君を思ったのは 立てない象は 自分の体の重みで死んでしまうらしい、が 君はまだ立っていることを  信じている。しかしそれでも 仕事にありつけなければ 駅前の物乞い稼業で生きてゆくしかないのかもしれな い、というような漠然とした暗雲を感じる未来しか 現実には残されていない、気がする。片足の無い者には 米 屋は遠く 両足の無い者には 幸せの無い社会と思うから。少年よ 降りてこんほうがいいぞ 飛んでけ 飛んで ろ 地上には 君の求めるものなんてないのかも。淡いもやに隠れる故郷の山で 今もおれは 思い出のかけらと  あそんでる。

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